まずは、「ナンバープレート」
「名は体をあらわす」とは限らない。例えば・・・[墨田工科高校は江東区内にある]【第18回】、[錦糸町駅周辺には墨田区内だが「江東橋」という地名がある]【第32回】。~この連載でもそんなケースに触れたことがありました。
それでは、クルマ(自動車や125㏄を超える二輪車等)のナンバープレートではどうか。墨田区内で登録されるクルマならば「足立」ナンバーです。一方、隣の江東区・江戸川区・葛飾区では、それぞれの区名プレートが存在します。例えばこんな感じ。この違いは、どうしてでしょうか?
▲[出典]江東区ホームページ~「江東ナンバー(ご当地ナンバー)の導入について」。ナンバープレートは、それぞれの管轄地域の運輸支局や自動車検査登録事務所の名称等が使用されるのが原則でした。東京都内の5つの管轄区分を示した図がこちらです。
▲[出典]国土交通省関東運輸局ホームページ~「東京運輸支局管轄区域」。[足立]管轄は、足立・葛飾・江戸川・江東・墨田・台東・荒川の各区です。[品川]管轄では、東京都の離島部も全部カバー。伊豆大島・八丈島・父島などで走るクルマも、基本は「品川」ナンバーです。
そして上記管轄図の東側3つのエリアでは、次のような〝例外〟的なものが運用されています。
[足立]管轄:葛飾ナンバー(葛飾区)、江東ナンバー(江東区)、江戸川ナンバー(江戸川区)
[品川]管轄:世田谷ナンバー(世田谷区)
[練馬]管轄:杉並ナンバー(杉並区)、板橋ナンバー(板橋区)
上記は、いわゆる「ご当地ナンバー」。地域振興や観光振興にも活用するため、地域の要望に応じて新たな(より地域密着な)地名などを冠する形で2006年から段階的に導入。地域住民の合意のほか、対象地域内の登録自動車台数などのハードルがあるため、「墨田」ナンバーは今のところありません。
ここは「向島」??
次は、警察署です。墨田区内には、「向島警察署」と「本所警察署」の2署があります。このうち向島警察署は、こちらです。
▲住所は[墨田区文花3-18-9]で、東武亀戸線・小村井駅の近くです。気になるのは、住所「向島」のエリアや鉄道駅「東向島」などからは、ちょっとイメージしづらい場所にあることです。
警視庁サイト内「向島警察署」によると、[もともと千住警察署の分署として開設された寺島警察署と、(同署管内から東側エリアを)分離開設した吾嬬警察署が1945年に統合された]歴史があります。
墨田区は、北部の「向島区」と南部「本所区」とが1947年に合併して発足。警察の「向島署」「本所署」の各管轄は、旧2区のエリアとだいたい重なります。今の向島警察署は、旧向島区全体をカバーしている。~そんなイメージのネーミングだったのかもしれませんね。
なお、[旧・向島中学校跡地(墨田区東向島4-18-9)を新たに公園・運動場として整備し、現・東向島北公園(墨田区東向島4-12-19)を移転させ、同公園敷地(跡地)に向島警察署を移転する]計画が進められています。
ここは「亀戸」??「押上」??
今の向島警察署は、繰り返しますが東武亀戸線・小村井駅の近くにあります。しかし、付近のマンションなどの建物名称には、一見あれっ?というケースもあります。警察署の周囲だけでも、こんな感じです。
▲「亀戸北」は、地名や駅名の亀戸の「北側」で合点もいきますが、ズバリ「亀戸」のネーミングもあり。一方、すぐ近くには「押上」の名も見られます。まあこの辺り、歩くと亀戸駅より押上駅のほうがやや近いようですが・・・。さらに、地名の付かないネーミングの事例も。
もっと範囲を広げてみると、最寄り駅名「小村井」や地名「文花」のネーミングも見られますが、全般的な傾向として「亀戸」名が多いように感じます。こうしたネーミングは、建物を賃貸したり分譲する企業等が自由に決めてよいものなのでしょうか。
実は、「不動産の公正競争規約」というルールがあります。不動産業界の自主ルールとはいえ、景品表示法に基づき公正取引委員会や消費者庁長官の認定を受けて効力を持つもの。その第19条に「物件の名称の使用基準」が規定されています。
この基準では、物件の名称は実際の地名を用いるのが原則。しかし、慣例として用いられる地名・歴史上の地名、最寄りの駅名・停留場(所)名などもオーケーとされています。多くの建物の「亀戸」名も、亀戸駅まで「明治通り」で直結とか、江戸・明治期の広大な「亀戸村」の一部や隣接エリアだった。おそらく、そうした理屈になっているのでしょう。
表札は、「荷風」ではなかった
クルマのナンバープレートやマンション等建物の名前。住まいの「表札」も、同じような機能を持つといえるでしょう。永井荷風さんの晩年、市川時代の住まいの表札写真が残されています。
▲『荷風流独り歩きの楽しみ 永井荷風の愛した東京下町』(JTBキャンブックス、1998年6月1日発行三刷、100ページ)から部分引用。荷風さんの本名は、写真の通り「壮吉(そうきち)」です。
荷風さんは、麻布の自宅を戦火で失った後に転居を繰り返し。市川市の菅野や八幡のエリアは、1946年1月に移り住み1959年4月に亡くなるまで過ごした地です。間借り2軒と自居2軒を住み替えながらで、写真は3軒目(最初の自居)の家です。
社交的とはいえず、晩年は特に〝人間嫌い〟の気質が高まった面のある荷風さん。市川での初めての自居にどんな気持ちで表札を掲げたのでしょうか。前回【第42回】でドナルド・キーンがただ一度だけ荷風さんに面会したのは、最後の4軒目(自居2軒目)。キーンの回想録でも「家には表札が出ていなかった」とありますが・・・。
小村井から東向島へ
向島警察署の所在地は、先ほどのようなところでした。ちなみに、消防署も墨田区内には同じく「向島」と「本所」の2署があります。向島消防署に行ってみましょう。
▲住所は[墨田区東向島6-22-3]。東武スカイツリーライン・東向島駅の近くで、水戸街道(国道6号線)に面しています。2つの「向島」署は、とても離れた場所にあります。住所や最寄り駅からすると、消防署のほうが「向島」をイメージしやすい場所かもしれませんね。
なお、「本所」の警察署と消防署は、次のようにとても近接しています。
▲各線・押上駅の南方で各線・錦糸町駅の北方、「四ツ目通り」の少し東側にあります。住所も、本所警察署[墨田区横川4-8-9]、本所消防署[墨田区横川4-6-6]と近接。消防署の位置が、押上駅と錦糸町駅とのちょうど中間くらいになります。
さんぽのシメも、〝意外感〟とともに・・・
向島消防署の近くにある「はりや」で、今日のさんぽのシメをしましょう。実は、このお店も〝おやっ〟と感じるシーンが多いかもです。
▲東向島駅に隣接する「東武博物館」の道路を挟んで対面にあります。建物外壁には「廣寿司」の名前が。一方、写真右下部には「はりや」の看板。どちらが本当の店名なの?
かつて、同じ沿線の北隣・鐘ヶ淵駅から少し歩いた立地に〝ポツンと1軒〟あった老舗居酒屋。廃業後近くで一時復活した後、2023年に東向島で再開業しました。東向島では寿司店跡に省コストで入居して、「前店」名残りがそのままのよう。飲食店では、ときどき見られるパターンでしょう。
▲鐘ヶ淵にあったもともとの店は、1931年創業の超老舗。歴史が刻まれた空間でした。今は前経営者(2代目)の娘さんが、和モダンな癒しの空間で営業をしています。
▲カウンター席越しの壁には、かつての寿司店のメニュー板が。あくまでもモニュメント・インテリアですので、このメニューは注文できません(笑)。初めて訪れるお客さんは、〝おやっ〟と感じるかもしれませんね。
▲まずは、下町居酒屋の定番「酎ハイ」(480円)を。「ハイボール」の由来には諸説ありますが、日本では「ウィスキーの炭酸水割り」との意味でもともと定着。しかし、下町エリアではより安価な焼酎で代用(焼酎ハイボール)して「酎ハイ」とか「ボール」と呼ばれ、広く愛されています。
それでは、〝意外感〟のあるつまみの1品を。頼んだのは「キャベツ炒め」(600円)ですが、どんなものが出てくると思いますか?
▲答えは、こちら。キャベツの炒めものですが、具材はほかにモヤシや干しエビが。そして何より、中華麺の姿に驚かされます。これって、どう見ても(野菜)焼きそばですよね。
次のお酒は、下町エリアの居酒屋でもあまり見かけないものです。
▲1杯目とグラスの形が違いますが、こちらは「ジンハイ」(550円)。酎ハイよりお値段少々高めで、香りともども〝洋風感〟が高まります。英語では、ウィスキーに限定せず蒸留酒全般の炭酸水割りを背高グラスに入れたものが「ハイボール」。そのことを実感させてくれます。
「げそ天」(680円)でシメにしましょう。こちらも、どんなものが出てくるのでしょうか?
▲イカの足(ゲソ)を油で揚げたもの。~そんな姿を想像した人が多かったかもしれません。実は、こちらです。ゲソの切り身が入った「お好み焼き」とは・・・。こちらも〝意外感〟の楽しさを味わえますね。
今日のさんぽ を振り返って
「違和感」と大げさにいうほどではないけれど、「あれっ・・・」と感じるかもしれないモノやコト。ほんの少しでしたが、いかがだったでしょうか。
そして良い意味での「想定外」。〝期待はずれ〟の逆で、ちょっぴりトクしたような嬉しい気持ちにしてくれるかも。ご案内した「はりや」のつまみも、そんな一例でしょう。
「キャベツ炒め」が、実は(野菜)焼きそばだった。筆者も、鐘ヶ淵のもともとの店で20年近く前に初めて目にしましたが、その時の驚きが今でも新鮮によみがえってまいります。では、皆さんまたお会いしましょう・・・。