【第40回】2026年4月

「電波」と「光線」。大きく変容する社会の中で存在感を発揮したモノとは?

今年3月末で「ガラケー」の運用が終了。~そんなニュースを見聞きしたことがあるかもしれません。個人向け携帯電話が普及し始めたのは、平成の時代の初期頃。以来、日常生活における携帯電話の位置付けや役割は大きく高まったように思えます・・・。

「すみだ小さな博物館」の1つで、携帯電話の歴史が学べる!

冒頭の話題ですが、正確にはガラケー端末の大半が使っている「3G回線」(第3世代移動通信システム)のサービスが終了、ということ。KDDIやソフトバンクが先行して終了している中、今般NTTドコモのサービス終了で完了です。(4G対応のガラケー機種も一部あり、そちらのサービスは継続します)

今や、ガラケーを使ったことがない人たちも少なくないでしょう。3G回線サービス終了ともども、携帯電話で[ガラケーからスマホへ]の流れがほぼ完了していることが実感されます。

そんな携帯電話の歴史をコンパクトに、そしてビジュアルに学べるのが、「NTTドコモ歴史展示スクエア」。墨田区内に24ヶ所ある「すみだ小さな博物館」の1つです。

[参考資料]
墨田区ホームページ内「すみだ小さな博物館」
https://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/siryou/small_museum.html
同上からさらに「NTTドコモ歴史展示スクエア」
https://www.city.sumida.lg.jp/sangyo_jigyosya/sangyo/pr_brand_hyousyo/sumida3m/tiiki/nanbu/docomorekisitennzi.html

▲場所は、JR・両国駅の北側エリアに建つ「NTTドコモ墨田ビル」の1階。入口ドア下部のように、同社マスコットキャラクター「ドコモダケ」たちが出迎えてくれます。館内には、すみだ「3M」のノボリも見えます。

▲ゆったりとした館内。歴代のドコモ携帯電話機種が展示されるなど、携帯電話の発展の歴史がビジュアルに学べます。

「新旧比較コーナー」は、スマホと昔の携帯電話を比較しながら、その違いについて学べます。また「体験コーナー」は、最新のスマートフォン・タブレットに触れながら体験ができます。

[参考資料]
NTTドコモ「NTTドコモ歴史展示スクエア」~「施設案内」
施設案内|NTTドコモ歴史展示スクエア

▲1985年にスタートしたポータブル電話機「ショルダーホン」。持ち運び電話機のはしり(もちろん機能は通話のみ)ですが、通話機と電池の総重量は約3㎏! 肩掛けベルトを実際にかけてみると、その重さやサイズ感が実感できます。

わずか30~40年の時間軸の中で、携帯電話の機能や使い勝手が大きく発展進化した。そして今のスマホでは、さまざまな生活シーンに役立つ機能やサービスを享受できる。これらは、すべて「電波」によってもたらされているのだ。そんなことを改めて実感できました。

「一丁目」でひと休み!

次の「光線」関連スポットに向かう前に、ひと休みしましょう。やってきたのは「一丁目茶房」です。

▲「清澄通り」に面した一角にあります。サイン看板がとても印象的。店名は、住所(亀沢1丁目24-1)に由来するようです。入口左側のブーススペースは、かつてタバコ販売でもしていた名残りでしょうか。

▲店内は、落ち着いた〝古き良き〟雰囲気。壁面にたくさん飾られた絵画や写真を眺めていると、気分が安らぎます。

▲「ケーキセット」は、900円とおトク。コーヒーとチョコレートケーキをチョイスしました。

来年2027年には、創業50年を迎えるそうです。

「光線」画の旗頭が生まれ育った土地

JR・両国駅の北側エリア。最初に立ち寄った「NTTドコモ墨田ビル」、そして「江戸東京博物館」や国技館などは、江戸時代にあった広大な「御竹蔵」(幕府の資材置き場。その後米蔵に転用され「本所御蔵」ともいわれる)の跡地にあります。

その一角、専門学校の敷地内のあまり目立たないところに、何やら解説板がありました。

▲写真の右端、駐車場出入口案内看板の下に、解説板の姿が見えます。拡大してみましょう。

▲小林清親(1847~1915)は、「最後の浮世絵師」ともいわれる人。父親が本所御蔵屋敷(もとは御竹蔵)の役人だったことから、この付近で生まれ育ったようです。解説文内の大坂や静岡の地名は、幕臣として鳥羽伏見の戦に参加したり、大政奉還後に徳川慶喜に随行して静岡に移住した経歴です。

1874年に東京に戻り、本格的に画業に参入。日本画のほかに西洋画や写真術も習得して、浮世絵版画に新ジャンルを切り拓きました。代表的な「東京名所図」は、1876~1881年の作。当時の隅田川沿いほか、すみだの光景も多く描かれました。国立国会図書館のサイト内で、作品群を一覧することができます。

[参考資料]
国立国会図書館「電子展示会」~「小林清親の光線画」
https://www.ndl.go.jp/imagebank/theme/kiyochikakosenga

作品群を見ると、それぞれに立体感や光と影のコントラスト。江戸時代の浮世絵にはなかったような味わいが感じられ、先ほどの解説板の文面「浮世絵版画に文明開化をもたらした」ことが実感できます。

永井荷風さんは、随筆『日和下駄』(1915年)で小林清親「東京名所図」に多く言及し、「小林翁の東京風景画は(中略)明治初年の東京を窺い知るべき無上の資料である」と称賛。明治の初年から20年(1868~1887年)頃は、東京の市街や風景の変化がとても興味深いと述べています。

『日和下駄』での東京各所散歩も、江戸時代の名残りの風情や明治前半の光景を訪ねることが目的だと言及。荷風さんは1879年生まれ。自身の知らない江戸の風情や(幼少期で記憶もあやふやな)明治初中期の様子といった〝未知〟へ憧憬や懐古趣味には、小林清親の画がひと役貢献していたことが偲ばれます。

「橋」はどこに架かっていた?

次のスポットは、すぐ近く。「国技館通り」と隅田川の間に建つビルの敷地内に、こんな解説板がありました。

▲こちらにも小林清親の光線画が添えられています。竹蔵から米蔵に転用された多数の「御蔵」。その辺りに橋が架かっていたのだと理解できます。

ここで、前回でもご案内した「大江戸今昔めぐり」アプリを見てみましょう。

▲「御蔵地」がとてつもなく広大だったことを実感。左端<江戸時代>図でグレー色の多数の細長い四角形が、多数あった「蔵」です。隅田川と各蔵を船で行き来するために張り巡らされた掘割(水路)の様子も、図の青色で分かります。

「御蔵橋」は、隅田川の両岸に架かるものではない。川と御蔵群をつなぐ堀割を渡るためのものだったことが分かります。明治以降、御蔵跡地は旧「陸軍被服廠」に。その移転出後、関東大震災(1923年)や東京大空襲(1945年)で多くの犠牲者を出した歴史を経て、今日の姿となっています。

「橋」は、どんな姿だった?

小林清親の光線画では、「御蔵橋」の全体像がイメージできません。先ほどの解説板と「国技館通り」を挟んだちょうど反対側、その歩道上に立つ別の解説板を見てみましょう。

▲葛飾北斎が描いたすみだ各地の様子の解説板の1つ。以前のさんぽでも、何ヶ所かで紹介しました。このシリーズ解説板は(材質のため)反射して見づらく、また解説板に記載されたQRコードはリンク切れのため、上記のように再現しました。

隅田川対岸の柳橋からの眺望ですが、左側の画の上部に「御蔵橋」がはっきりと分かります。今の「国技館通り」が、当時の〝墨堤〟そのものだったこともリアルですね。

先ほどの「御蔵橋」解説板のほうに戻り、そこから通り沿いに少し南下。こちらは【第29回】にも登場した解説板ですが、小林清親の画が往時の隅田川沿岸の記憶を刻んでいます。

▲芥川龍之介と永井荷風さんが、ほぼ同時期にそれぞれの作品内で言及。若き少青年期を懐かしんだ百本杭です。明治末期から始まった護岸工事で抜かれて姿を消しました。

さんぽのシメは、〝両国らしい〟ところで!

今日のさんぽのシメは、両国らしさを感じさせてくれるところで。京葉道路(国道14号線)を渡って到着したのは、「ちゃんこ大内」です。

▲回向院や旧・両国国技館跡と同じブロックの一角にあります。「吉良邸跡」(本所松坂町公園)にも近いロケーションです。ノレン横に飾られた手形や店名が、大相撲とのゆかりを示しています。

両国エリアには、力士の四股名を店名にしたちゃんこ店も少なくないです。こちらはその中の老舗。元大関(大関在位1955~1957年)の大内山が引退後1984年に開業した店で、子息が2代目店主をつとめています。

▲店内の壁面には、大内山を中心に大相撲ゆかりの写真が飾られています。手前は少人数用、奥は大きめのそれぞれ座敷席です(写真右側のカウンター席は不稼働)。

ちゃんこ鍋は2人前から提供。そんな店も多いですが、こちらは1人前でもオーケー。人気テレビドラマ「孤独のグルメ」(Season2、2012年11年28日放映)で、主人公・井之頭五郎も〝一人ちゃんこ〟を楽しみました。

まずは、瓶ビール(アサヒマルエフ・730円)で今日のさんぽにお疲れさま! つまみは、「板わさ」(700円)を。

▲きれいな盛り付けで、ビールが進みます!

▲4種類あるちゃんこ鍋の中から、人気の「鳥そっぷ鍋」(3,500円)をチョイス。「そっぷ」はスープの意味。鶏は2足歩行で〝地に手をつかない〟ため、力士にとって縁起(ゲン)のよい食材です。一応念押ししておきますが、このたっぷりボリュームで1人前です。

▲女将さんが具材の投入や着火をしてくれ、食べごろのタイミングも教えてくれます。

▲食べごろになったら、あとはセルフで取り皿へ。少し甘めのダシ汁が食欲を加速してくれます。ちゃんこ鍋の仕上げには、別料金で雑炊・うどん・おもち・玉子・ごはんが用意されています。(筆者は満腹のためパス)

▲熱い鍋は、冷酒との相性もぴったり。ご当地ラベル「両国の里」(980円)は、山形市内の蔵元が醸造。さっぱりとして、飲みやすい口当たりでした。

▲店内の一角に飾られた(来店した)有名人の色紙。左上は、先出「井之頭五郎」役の俳優・松重豊(放映1ヶ月前のロケだった模様)。右下“どうぞこのまま”は、同名のヒット曲(1976年7月発売、レコード売上80万枚超)を歌った丸山圭子(ロケ等ではなくて、食事会で訪れたようです)。

「ちゃんこ」は、力士にとって食事全般を指す言葉。カレーライスも中華料理も「ちゃんこ」ですが、やはり寒い時期にアツアツの鍋をこの地で食べると〝両国らしさ〟にしみじみと浸れる。そんな満足感がありました。

今日のさんぽ を振り返って

携帯電話の普及、そして浮世絵から光線画へ。時代の変わり目において、わずか数十年の時間経過の中で、それまでの殻を打ち破るようなダイナミックな動きがあった。そんなことに、改めて触れる機会となりました。

今回の光線画とともに、明治期に浮世絵は「開化絵」の系譜も進化しました。後者は明るい色目と前を向いた画風。対して前者は、江戸の面影を惜しむ感傷的な陰影がモチーフです。〝過ぎ去りしモノ・コト〟に対する哀惜や感傷の思いは、歳を取るにつれて高まるのかもしれません。

「ちゃんこ大内」に飾られた色紙。“どうぞこのまま”を見て、半世紀近くも前のヒット曲がとても懐かしく脳裏をかすめたのは、筆者だけだったでしょうか。では、皆さんまたお会いしましょう・・・。

永井荷風のイラスト

お店情報

※営業時間・定休日は変更となる場合あり。来店前に電話等で確認してください。

NTTドコモ歴史展示スクエア 東京都墨田区横網1-9-2 NTTドコモ墨田ビル1階 TEL:03-6658-3535 開館時間:10:00~17:00 開館日:火曜~土曜 定休日:日曜・祝祭日・年末年始
一丁目茶房 東京都墨田区亀沢1-24-1 TEL:03-3622-1018 営業時間:(月曜~金曜)8:00~17:00 定休日:土曜・日曜・祝日
ちゃんこ大内 東京都墨田区両国2-9-6 TEL:03-3635-5349 営業時間:(月曜~土曜)17:30~21:00 定休日:日曜・祝日(大相撲東京場所期間中は営業する場合あり)

参考

筆者プロフィール

上野 慎一(うえの しんいち)
1957年生まれ。横浜市出身。1981年早稲田大学政治経済学部卒業。2015年にサラリーマンリタイア後、暮らしや経済に関するネット記事を執筆。「人生は片道きっぷの旅のようなもの」をモットーに、お城巡りや居酒屋巡りなど全国あちこちの旅を楽しんでいます。

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