【第36回】2025年12月

同じモノなのに、見え方が違う! それって、どういうこと?

事実や実体と自分の感じ方が違うことがある。そんな「錯覚」は、モノを目で見ている時にも発生します。見る方向や角度によってたまたまなこともあれば、それが意図されているケースもあります。さんぽしながら、実例に触れてみましょう。

かつてあった「お化け煙突」とは?

まずは、区外ですが隅田川沿いの大学キャンパスに来ました。JRほか・北千住駅から徒歩20分ほど。そこには、巨大な輪っかのモニュメントが展示されています。これは、一体何なのでしょうか。

▲帝京科学大学千住キャンパスの一角に設置。輪っかの上部と下部に、雰囲気の違いが感じられますね。写真右端のポール(工事用養生シートに隠れているものを含めて4本)は、かつてのそれぞれの位置関係を表した縮小オブジェです。

▲空き地を確保しやすいことと、燃料の石炭を船で運ぶのに便利だったから。~隅田川沿いに火力発電所が建設されたのは、こうした理由があったようです。こちらは、見る場所を変えると4本の煙突が1本・2本・3本と見え方が違った。そんなことのようです。

長く地元の名物だったことから、足立区のホームページには煙突の見え方の違いが当時の写真で掲示されています。

[参考資料]
足立区ホームページ「お化け煙突をご存知ですか?」
https://www.city.adachi.tokyo.jp/hakubutsukan/chiikibunka/hakubutsukan/shiryo-obakentotsu.html

永井荷風さんも、代表作日記文学『断腸亭日乗』(1940年11月26日)で言及しています。~「・・・発電所ありて大なる烟(煙)突四本高く雲表に聳(そび)えたり。(中略)遠くより之を見る時場処(所)と時間とによりて二本にも見え三本にも見ゆることあり。近きところに来らざれば四本には見えず。それ故お化煙突と云ふ由なり」。

荷風さん、三河島に住む芸人から聞いた話だと記述しています。その時点では、現物を見ていたわけではなかったようです。

現場の鉄骨枠の中で浮遊する(?!)

北千住駅から押上駅へ移動。駅から少し歩いた住宅エリアの一角に「現場喫茶」がありました。

▲写真左端は営業時間や定休日を示した予定表。しかしこうした看板、普通は工事現場に掲示されるものです。どうして店名が「現場」なの?

その疑問は、店内に入ると分かります。実はこのお店、防水工事や塗装工事などを扱う会社がショールームを兼ねて営業しているのです。

▲店内は、壁面に工具類やヘルメットほか建築関連アイテムが並び、棚や照明も工事現場の仮設用を転用するなど、〝工事現場〟らしいモチーフを随所に取り入れています。

▲カフェラテ・ホット(715円)には、ガトーショコラが少々添えられて。ラテアートにも「本日の現場」の文字が見えます。さらに、金属食器の持ち手の先端にもご注目! スプーンはスパナの形、フォークはシャベル持ち手の形と〝工事感〟が満載なのです。

そして、店内の奥には「トリックアート」のような仕掛けまで用意されていました。

▲実際にはない鉄骨の枠が、まるであるかのように見えます。枠内に人物が入ると、さらに〝トリック度〟が高まります。

視覚の錯覚(錯視)が起きるように、わざと仕掛けをした作品。それを見るなど体験して楽しんでもらう。そんな「TrickArt(トリックアート)」、実は登録商標で、「トリックアート美術館」も全国に18ヶ所展開されているようです。

先ほどの「お化け煙突」は、施設を建てた側には「錯覚」を引き起こす意図はないでしょう。見る側がどの場所・どんな角度から見るかによって、煙突の本数が変わる(ように見える)。そんなものでした。

一方、このお店の鉄骨枠状の仕掛けは、見る人に「錯覚」を引き起こそうという意図(遊び心)が、設置する側に明確にある。こうした違いが分かりました。

ちなみに、「トリックアート」の発想のもとになるような「錯視」について、キヤノン株式会社のサイトが詳しい解説で興味深いです。ご関心があれば、見てみてください。

[参考資料]
キヤノン株式会社「キヤノンサイエンスラボ・キッズ」~「光の“正体”は? 目の錯覚(さっかく)のいろいろ」
https://global.canon/ja/technology/kids/mystery/m_04_18.html

両国にある「トリックアート」の大作

両国駅方面に向かう道すがら、「大横川親水公園」の一角で、東京スカイツリーのこんな姿が眺められました。

▲東京スカイツリーの「天望デッキ」よりも下の部分が木々で隠されて、公園内の時計ポールとまるで一体化。こんなデザインの時計台なのかのようにも見えます。

施設を建てた側に「錯覚」を引き起こす意図はないですが、角度や方向で面白く見える。そんな一例でしょう。

そして、両国駅周辺に到着。JR・両国駅東口を出て東側に進むと、総武線の高架土手の擁壁部分にこんなペイントアートを発見しました。

▲平らな断面の擁壁なのに、窓枠が立体感を演出。先ほどの「現場喫茶」の鉄骨枠と同じですね。風船も本当に浮遊しているかのようです。

▲少し色あせてはいますが、こちらの木々や鳩にも立体感があります。

▲両国らしい、お相撲さんの後ろ姿。まるでそこに腰かけているような気がしませんか。このペイントアート、清澄通り沿いのJRガード下まで長々と続きます。

実はこれらは、「TrickArt(トリックアート)」の登録商標権を持つ株式会社エス・デーが、1991年に制作した「かんばすていしょん」という作品(横長に続くトリックアート壁画群)。「カンバス」+「ステイション」なのでしょう。

さんぽの最後に、「とんかつ」を!

JR・両国駅東口と国道14号線の間にあるのが、飲食店中心の商店街・横綱横丁。以前にも訪れましたが、その一角で早めの晩酌をしましょう。

▲とんかつ「はせ川」。「ミシュランガイド東京」のビブグルマンや「食べログ」の百名店の各「とんかつ」ジャンルで何度も選ばれている名店です。

▲竹がアクセントとなっているシックな店内。昼営業時間(15時まで)の終わり際なので空いていましたが、時間帯によっては行列待ちになることもあるようです。

▲まずは、「ゆずサワー」(650円)で喉をうるおしました。

▲つまみは、おススメメニューの1つ「三元豚の肉味噌きゅうり」(700円)を。「平牧バーク三元豚」は、当店のとんかつに使われている自慢の品種。肉味噌もほど良い濃厚さで、きゅうりとの相性がぴったりでした。

▲名物のとんかつは、「ロースかつ(120g)」(平日ランチメニュー・1,600円)にしました。実際にはこのほかに、ご飯・みそ汁・小鉢・香の物が付きます。カラッと揚がったかつは、さっばりとした脂肪と柔らかい肉質が印象的で、評判通りのおいしさ!

平日・早めの時間帯に始めたおかげで、名店の味を比較的手ごろに味わえてラッキーでした。

今日のさんぽ を振り返って

たまたまそう見えるのか。あるいは、わざと(錯覚させて)そのように見せようとしているのか。駆け足でしたが、さんぽしながら両方の実例に触れることができました。

ところで、多くの女性遍歴があった永井荷風さん。その中で関根歌との交際も有名で、2人のことを記述するくだりでよく登場するのが、こちらの写真です。

▲一例として、『荷風と歩く東京いまむかし』(前之園明良著、実業之日本社刊)の158ページを引用。仲睦まじいツーショットのように見受けられます。

実は上記の写真、実物の左端に写る人物が切り外されたもの。実物全体は、こちらです。

▲『荷風全集・第十六巻』(岩波書店刊)冒頭掲載箇所から引用。左端の神代種亮(こうじろたねすけ)は、「校正の神様」と呼ばれた校正編集者で、荷風さんとも懇意にしていました。

銀座で歌と一緒に夕食した後、たまたま出会って、神代の知人の写真館で撮影した。この日(1932年7月11日)の先出『断腸亭日乗』にも、はっきりと記録されています。

神代・永井の間で背景の色みが変わっていることもあり、〝切り取り〟しやすいのかもしれませんね。しかし、3人一緒とツーショットでは、写真を見たときの印象がかなり違ってくる。そんな気がしませんでしょうか。

錯覚(させられている)ではなく、部分的な〝切り取り〟や〝誇張〟が施された情報を見聞きしている。世の中には、こうしたものも少なくありません。「トリックアート」のような善意ある〝遊び心〟とは違って、要注意な場合もあります。では、皆さんまたお会いしましょう・・・。

永井荷風のイラスト

お店情報

※営業時間・定休日は変更となる場合あり。来店前に電話等で確認してください。

現場喫茶 東京都墨田区押上1-45-1 TEL:03-6657-0911 営業時間:10:00~17:00 定休日:土曜・日曜・祝日
はせ川 東京都墨田区両国3-24-1 両国尾崎ビル103号 TEL:03-5625-2929 営業時間: (月曜~金曜) 11:30~15:00(LO. 14:30)、17:00~22:30(LO. 22:00) (土曜・日曜・祝日) 11:00~15:00(LO. 14:30)、17:00~22:30(LO. 22:00) 定休日:無休(年末年始12/30~1/3休業)

参考

筆者プロフィール

上野 慎一(うえの しんいち)
1957年生まれ。横浜市出身。1981年早稲田大学政治経済学部卒業。2015年にサラリーマンリタイア後、暮らしや経済に関するネット記事を執筆。「人生は片道きっぷの旅のようなもの」をモットーに、お城巡りや居酒屋巡りなど全国あちこちの旅を楽しんでいます。

TOPページへ戻る