まずは、芥川龍之介「生育地」からスタート
芥川龍之介が築地で生まれ、その後本所の母方実家の芥川家で育てられたことは、前回で触れました。時代劇などでも有名な『忠臣蔵』とそのモチーフとされる、実際に起きた「赤穂事件」。築地の生家は「浅野内匠頭邸跡」にあり、本所の芥川邸(芥川の養家・生育地)は「吉良邸跡」のすぐ近くでした。
本所での位置関係を今の地図で確認しておきましょう。
▲芥川邸(養家)跡は、京葉道路(国道14号線)沿いの立地となっています。現地とそのすぐ近くの京葉道路歩道の2ヶ所に「生育地」の解説板が建てられています。
▲横綱横丁(両国駅東口へ続く飲食店中心の商店街)の看板ゲート。その向かって右側辺りが芥川邸の跡地です。国技館の所在地は、「横綱(よこづな)」ではなくて「横網(よこあみ)」。〝勘違いあるある〟でよく指摘されますが、この横丁は「横綱(よこづな)」です。
写真右下部の解説板を拡大してみましょう。
▲芥川家は代々、江戸城で将軍・重臣・大大名など向けの給茶ほか茶道全般を管掌した奥坊主(御数寄屋坊主)でした。僧形(剃髪)ですが、僧侶ではなく武士階級。文化教養水準が高くて江戸趣味に通じた家系環境は、芥川の人間形成に大きな影響を与えたことでしょう。
解説板左端5行で「芥川賞(芥川龍之介賞)」の由来が分かります。文豪で文藝春秋社の創設経営者でもあった菊池寛(1888~1948)は、芥川と第一高等学校(現・東京大学教養学部〈教養課程〉)同期入学以来の友人。早世(服毒自殺)した芥川を顕彰しながら新進作家の発掘・育成を期した賞で、1935年にスタートしています。
ちなみに「直木賞(直木三十五賞)」も有名ですが、同じく文藝春秋社が主導するもの。こちらも、菊池寛の友人(同窓ではない)でやはり早世した直木三十五(1891~1934)をベースに(目的等も同じ)、芥川賞と当時に創設されています。両賞の一番の違いは、作品ジャンル[芥川賞=純文学、直木賞=大衆文学]です。
この連載【第13回】で詳しく触れましたが、菊池寛は永井荷風さん(1879~1959)の〝仇敵〟のような存在でした。情報伝達手段の限られていた当時、2人はその「文章」で相手への批判などを重ねていました。
菊池をベースにすると[芥川=親友、荷風さん=仇敵]です。しかしこの2人、前回【第29回】で触れたように[お互い知ってはいても直接面識はなかった]ようです。とはいえ、2人の作品には相手の名が出てきます。後ほどみてみましょう。
両国駅周辺の元「御竹蔵」から、かつての水飴工場へ
生育地のもう1つの解説板には、当地で暮らした思い出をつづった芥川の作品として『本所両国』(1927年)が示されています。この随筆群の中の「お竹倉」にゆかりのあるスポットに行ってみましょう。
▲両国駅の北側、日大一中・一高の敷地に立つ解説板。今のJR両国駅・江戸東京博物館・国技館などの一帯は、御竹蔵(幕府の資材置き場)でした。芥川も「お竹倉」の中で、開発前は昼間でも寂しい場所で本所七不思議の「おいてき堀」などがこの辺りにあると信じていたと述懐しています。
解説板左端「置いてけ堀」の浮世絵をちょっと覚えておいてください。次は「大横川親水公園」のほうへ移動してひと休みします。
▲大横川親水公園の、「横川橋」と「紅葉橋」の間の東側辺りに来ました。大きなマンションと後方の東京スカイツリー。その手前に、切妻屋根の連なる建物が見えます。
▲「SASAYA CAFE」(ささやカフェ)。大横川親水公園の旧護岸沿いに建ち、公園から出入り可能。こちらは、何と1782年創業の水飴屋の工場・倉庫群の名残りの建物です。
カフェのほかに「ささやギャラリー」と「すみだパークシアター倉(そう)」を併設しています。
カフェの中に入ってみましょう。
▲かつての倉庫建物を利用しているため天井が高く、開放感があります。吊り下げられた照明やディスプレイもおしゃれです。
▲店内の一角に展示された、かつての水飴工場等の姿。「ものづくりのまち・すみだ」の活気、そして目の前の大横川を利用して水運で製品を出荷していたという往時の姿が偲ばれます。写真左端の白い建物が、今のカフェやギャラリーとして残っているところのように見えます。
▲「オーガニックコーヒー」(500円)と「おかき」(550円)をいただきました。このカフェでは、メニューのすべてが「ヴィーガンフード」(肉や魚だけではなく、卵・乳製品・ハチミツなど動物性食品を一切使わない食品)だそうです。
そして、公園内のちょうど反対側(かつての川の対岸)旧護岸には、「すみだ むかしばなし」と「本所七不思議」のレリーフ群が展開されています。
▲南端は「すみだ むかしばなし」。北端は「本所七不思議」とタイトル表示されています。その間にいろいろなレリーフが展開。「置いてけ堀」は、南端から最初のところにあります。
▲先ほどの、日大一中・一高の敷地に立つ解説板にあった浮世絵がベースになっています。
「たばこと塩の博物館」へ
「SASAYA CAFE」を出て大横川親水公園のすぐ東側の通りを北上すると、すぐに「たばこと塩の博物館」に到着しました。(同公園をそのまま北上しても、公園沿いに博物館への出入口〈通用口〉があります)
▲「日本専売公社」がJT(日本たばこ産業)として民営化されたのは1985年。「たばこと塩の博物館」は公社時代の1978年に渋谷・公園通りに開館し、2015年4月に当地に移転・リニューアルオープンしました。「専売公社」と聞いても、今やピンとこない方が多いかもしれませんね。
当館は[2階=塩に関する常設展示、塩やたばこに関する特別展示(非定期)、3階=たばこに関する常設展示]などの構成です。3階の一角には、こんなコーナーがありました。
▲かつて、街のあちこちで見られた「たばこ店」の外観を再現。ショーケースには(見る人によっては)懐かしいたばこ銘柄の数々が。〝レア〟な形状のたばこ自販機や公衆電話(赤電話)が、両脇から〝懐かしさ〟に色を添えています。
今や、喫煙率は[男性=26%弱、女性=7%弱](厚生労働省「令和5年 国民健康・栄養調査結果の概要」より)といった低いレベルです。しかし、かつて喫煙は人前でも当たり前の日常シーンでした。特に男性では、吸わない人のほうが珍しい。そんな時代も以前にはあったのです。
荷風さんと芥川、そして先ほどの菊池寛を加えた文豪の3人。いずれも愛煙家だったようで、たばこを吸っている様子の写真が普通に残っています。そして芥川は『煙草と悪魔』(1916年)で、たばこが日本に渡来した様子をユーモラスなタッチで描いています。
ちなみにJTの資料等を見ると、愛用銘柄も分かります。[荷風さん=「チェリー(旧銘柄)」か「敷島」、芥川=「ゴールデンバット」]だったようです。いずれも、既に廃止されていますが。
こちらの博物館、移転・リニューアルオープンから10年目の節目に「浮世絵でめぐる 隅田川の名所」展(前期=2025年4月26日~5月25日、後期=同年5月27日~6月22日)を開催。同館収蔵の浮世絵のうち、前期ではこちらの作品も展示されました。
▲「浮世絵でめぐる 隅田川の名所」展のサイトから引用。三代歌川国輝「本所七不思議之内 置行堀(おいてけぼり)」。日大一中・一高の敷地に立つ解説板にあった絵そのものです。
直接の面識はなくても、互いの存在を意識していた(?)
芥川龍之介の小品『森先生』(1922年)は、千駄木の邸宅(観潮楼)に森鷗外(1862~1922)を訪問した時を回想したものです。~「部屋は根津界隈を見晴らす二階、永井荷風氏の日和下駄に書かれたると同じ部屋にあらずやと思う」。
『日和下駄』(1915年)の中の「第九 崖」で荷風さんは観潮楼を訪ねた時の様子を詳細に描写していますが、芥川がこの作品に目を通していたことが分かります。
また、芥川の『続野人生計事』(1922~1924年)内「梅花に対する感情」では、荷風さんが『日本の庭』(1911年)で述べた梅の花に対する否定的な価値観を引用しながら、自説を展開しています。
一方、荷風さんの代表作日記文学『断腸亭日乗』1927年7月24日の記述。電車で隣席の乗客が広げる夕刊紙をのぞき見して芥川の自殺を知ります。~「神経衰弱症に罹り毒薬を服せしといふ。行年三十六歳なりといふ。余芥川氏と交なし、かつて震災前新富座の桟敷にて偶然席を同じくせしことあるのみ」。
簡潔で〝ドライ〟な記述。のぞき見で知ったことも含めて、荷風さんらしさが感じられます。直接面識はなくとも、当時の文学界の有名人同士、お互いに意識し合っていた様子が偲ばれるようです。
さんぽの仕上げは、「おばんざい」で!
さんぽの仕上げは、隅田川に架かる「厩橋」の近くで。春日通りと清澄通りの交差点に面した「きまま」に来ました。
▲入口は、地味なしつらえと対照的にディスプレイは派手めです。交差点側の壁面には、「おかあさんのおばんざい居酒屋」ほかイラストや文字の広告が賑やかにペイントされています。
▲1階は、キッチンを取り囲むようにカウンター席が広がっています。2階は座敷席。カウンター上に並ぶ手作りの「おばんざい」が食欲を誘います。
▲まずは、生ビール「アサヒスーパードライ」(650円)で今日のさんぽにお疲れさま!
▲お通し(600円)は、本日のおばんざい10種の中から「磯バイ貝」(左)と「仙台雪菜のおひたし」(右)を少しずつ出してくれました。
▲「お刺身3種」(一人前880円、原則2人前から)は、築地で仕入れたこだわりの品です。次のお酒は「ウーロンハイ」(550円)、つまみはおばんざいの中から「鴨ダンゴとジャガイモ」(480円)をオーダー。最後に次の1品で仕上げとしました。
▲こちらもおばんざいの1つ「豚ヒレ串」(480円)。付け合わせの野菜も多彩。串の先端をアルミホイルで巻いて持ちやすくしてくれている。そんな点に優しい気配りを感じました。
交通量の多い幹線道路交差点に面していますが、店内は落ち着いた雰囲気。どこか〝隠れ家〟にでもいるような気分になれて、ゆったりと時間を過ごせます。2018年4月にオープンしてちょうど丸7年経ちました。
今日のさんぽ を振り返って
芥川龍之介と永井荷風さん。そして、菊池寛や森鷗外。(年齢差はあれど)同時期に活躍した文豪たちのほんの一端ですが、人間模様のおさらいができたように思います。
次回も芥川の〝残像〟を少し引きずりながら、新たな展開を予定しています。では、皆さんまたお会いしましょう・・・。
