【第24回】2024年12月

このスポット。今だと、結局どこなの?

新千円札の裏面デザインに採用された葛飾北斎の「富嶽三十六景」。そのシリーズにはすみだの地も3ヶ所あるといわれていて、前回【第23回】ではそのうち「本所立川」を訪れました。今回は引き続いて、あと2つのうちすみだ北西部のスポットをさんぽするつもりなのですが・・・。

新千円札の裏面デザインに採用された葛飾北斎の「富嶽三十六景」。そのシリーズにはすみだの地も3ヶ所あるといわれていて、前回【第23回】ではそのうち「本所立川」を訪れました。今回は引き続いて、あと2つのうちすみだ北西部のスポットをさんぽするつもりなのですが・・・。

鐘ヶ淵駅からスタート

今回のスポットは、「隅田川関屋の里」。東武スカイツリーライン・鐘ヶ淵駅からスタートします。

▲鐘ヶ淵駅西口の様子。駅舎奥の2階建部分だけ見ると、まるで民家のよう。この駅から北千住方面に向かって線路は大きくカーブ。約100年も前、今の荒川が「荒川放水路」として開削された際に線路も放水路に沿ってルート変更されています。

駅前のコンビニで飲み物をゲットしておきましょう。

▲隅田川沿いほかをたくさん歩く予定なので、疲れに効くかもしれないものにしました。

駅から北西に進んで鐘ヶ淵陸橋(「陸橋」といっても、幹線道路の墨堤通りが地下を通過しています)の交差点を渡ってすぐの歩道上に、解説板があります。

▲葛飾北斎「富嶽三十六景」のうち「隅田川関屋の里」です。前回に見た「本所立川」と同じシリーズの解説板。やはり(材質のため)反射して見づらいので、解説板に記載されたQRコードから読み取れる解説内容をご覧ください。

画面の下のほうが足立区側で、土手の右側が隅田川の流域。解説板のある堤通2丁目は、土手のかなり先(画面上端の朝もやの辺り)だろう。そんなことが推測されます。

「関屋の里」は、ここではない?

この画面の土手は、かつての「掃部(かもん)堤」。江戸時代初期に周辺の湿地帯を開墾・開発した石出吉胤掃部亮の築造した堤防で、今は墨堤通りとなっています。

江戸時代末期に出版された「絵本江戸土産」(江戸各所の名所などを案内する)に「関屋の里」のページがあり、場所は「木母寺より十町ばかり東北にあたれり」と説明されています。木母寺はかつて、墨堤通り沿い(榎本武揚像のある辺り)にありました。

▲都営白鬚東アパート団地など防災(防火)施設群の開発のため、今の場所に移転した木母寺。榎本武揚像は元の木母寺境内にあり、移設されずに残りました。

距離の1町は約109m。元の位置から東北方向に1.1km(10町)くらいのエリアが「関屋の里」ということでしょうか。実際に行ってみましょう。

「関屋の里」は、ここ?(その1)

墨堤通りを北側に向かって歩いて18分くらい。そこは、東武スカイツリーライン・牛田駅と京成本線・京成関屋駅が近接するエリアです。

▲墨堤通りをまたぐ京成本線の高架。高架の下の奥には、地上を走る東武スカイツリーラインの車両が見えます。

ここで、次の地図をご覧ください。

榎本武揚像から道路距離で1.4km程度、方角は「北北西」。江戸時代の〝ざっくりさ〟を考慮すれば、「木母寺より十町ばかり東北」とだいたい一致するでしょう。京成線の駅名も「関屋」。そして牛田駅に隣接する公園には、あの絵がタイル画やデザインマンホール上で再現されています。

「関屋の里」は、ここ?(その2)

ところで、先程の地図の左側上部を見てください。赤色の星印は「千住仲町公園」ですが、その一角にこんな解説板(碑)がありました。

解説部分を拡大してみましょう。

▲富嶽三十六景には、千住エリアで3ヶ所が登場し、「隅田川関屋の里」もその1つだと解説されています。「画題の対象地と想定されている付近に顕彰碑を建立」とありますが、先程の牛田駅や京成関屋駅からは1kmくらい離れた場所です。

同じ墨堤通り沿いとはいえ、墨田区と足立区のかなり離れたポイントに同じ絵を掲載。少々不思議ですね。参考までに、足立区のホームページの解説を掲示しておきます。

[参考資料]
足立区ホームページ内「隅田川関屋の里 富嶽三十六景観」~「隅田川関屋の里 北斎が描いた場所はここだ!」
https://www.city.adachi.tokyo.jp/hakubutsukan/2017hugakusannjyuurokkei.html

「富嶽三十六景」が全46景あると説明されていますが、これはその通り。当時の人気に応えて「裏富士」といわれる10作を加えた46図が伝わっているのです。

この足立区ホームページの末尾に掲載されている「関屋の里」の想定範囲図を引用させていただき、拡大して再掲しておきます。

▲「(明治17年迅速図)青矢印 馬が走る方向、丸線 高札場のある画となった場所」と解説されています。なお、「青矢印」が左側(西側)を向いています。この方向に早馬が走ると富士山は見えず、今の墨田区エリアも画面上に登場しないようにも思えます。

この地図でかなり広範なエリア(ピンク色)が「関屋の里」と示されています。先程の今の地図で示した2つの「隅田川関屋の里」解説板所在地がともに(ギリギリで)収まるようですが・・・。

画面上の「関屋の里」は、なかった(?)

結局、葛飾北斎「隅田川関屋の里」の描画スポットはどこだったのか?画面右端の「高札場」にこだわると、当時「掃部宿」の外れだった千住仲町公園辺りになるかもしれません。

ここで留意したいのは、北斎の作品には「誇張」・「デフォルメ」・「切り貼り」などで構図されたものが少なくないこと。新千円札の裏面「神奈川沖波裏」も、まさにそうでしょう。

宿場を通過したばかりという緊張感を出すため、敢えて高札場を〝チラ見せ〟する。隅田川が大きく湾曲する姿を組み込んで〝ヨコからタテ〟へ変化する構図の立体感も演出。さらに、朝焼けの富士山や手前の朝もやで時間帯を表現した。

私見ですが、実際のピンポイントスポットは、そもそもなかった〟映画撮影でいろいろなロケ場所のシーンを組み合わせて、あたかも1つのスポットのように演出する。そんなやり方を、北斎は先取りしていたのかもしれません。

スタート地点の鐘ヶ淵駅方面に戻ることにしましょう。途中、隅田川が大きく湾曲する手前の沿岸でこんな風景に出会いました。

▲富士山も早馬も高札場もありませんが、松の木と隅田川沿岸(この先で大きく湾曲する)の組み合わせが現代版「隅田川関屋の里」ぽいかも。

「荒川放水路」で分断されたのは、「中川」だけではなかった

綾瀬橋(旧綾瀬川)を通過。周辺の墨堤通りは、実はかつての掃部堤ではありません。先程の足立区ホームページから引用の「関屋の里」ピンク色エリアを詳しくご覧ください。掃部堤は、今の東武スカイツリーライン・堀切駅付近まで大きく迂回しています。隅田川に合流する綾瀬川の河口を避けたからです。

▲旧綾瀬川が隅田川(写真上部の左右方向)に合流する様子。写真の左上端部に高速道路高架が見え、右上部には沿岸で唯一残った造船所の姿も確認できます。

永井荷風さんの随筆『放水路』(1936年)にこんな記述があります。~「ここに水門が築かれて、放水路の水は、短い掘割によって隅田川に通じている。わたくしはこの掘割が綾瀬川の名残りではないかと思っている」。

中川が荒川放水路の開削で分断されて、周辺の人びとの暮らしも放水路の両岸に分かたれた。【第16回】でそんな話題に触れましたが、少し上流の綾瀬川も同じように分断されていた。90年近くも前の荷風さんの視線ともシンクロしながら、そんな歴史を再認識できた思いでした。

さんぽのシメは、スタート地点で

「関屋の里」のある意味〝広大さ〟を実感しながら、スタート地点に戻りました。鐘ヶ淵駅西口のほぼ駅前に位置する「CAFE ぷろーすと」で晩酌して帰ろうと思います。

▲ノボリから喫茶店のような印象もありますが、食事メニューも充実。そして、お酒も飲めます。何せ「ぷろーすと(Prost)」は、ドイツ語で「乾杯」の意味なのです。

▲店内は白と茶を基調にして、モダンで落ち着いた雰囲気です。

まずは、おトクなセットを注文しました。

▲「ハッピーセット」(1,430円)は、14時から提供。お酒はドイツビールのほかに、ドイツワイン(赤・白)やすだち酒も選べます。各種チーズ(トースト付)やピクルス盛など、おつまみ3種も充実!

▲たくさん歩いたので、ビールはすぐに完飲。次のお酒は白ワイン辛口(550円)に。

多彩な食事メニューから、こちらを選んでシメにしました。

▲各種食事メニューの「メインおかず」だけをつまみとしてオーダー可能(ごはん・スープ等を付けない分、少し割引き)。こちらのペペロンチーノ、麺は何と「半田そうめん」。少し太目でコシのあるそうめんで、パスタ版にはない風味が感じられました。

ホテル出身のオーナーシェフと奥様。老夫婦の営むお店は、開店して8年。飲食店がそれほど多くない駅西口エリアの中で、喫茶、食事、そしてお酒。憩いとうるおいを提供してくれる空間でした。

今日のさんぽ を振り返って

葛飾北斎「隅田川関屋の里」。その地は、今ではどこなのか。そもそもかなり広大なエリアの中でいろいろな説もあるのだから、ピンポイントに特定はできない。そんな結論かもしれません。

江戸時代から周辺の雰囲気も大きく変わり、また明治期以降の「荒川放水路」開削によって、かつての「墨堤」も鉄道線路もそして地域の人々の生活も、その姿が変容していった。変わらずに辺りを大きく湾曲しながら流れる隅田川が、〝歴史の証人〟のようにも思えました。では、皆さんまたお会いしましょう・・・。

永井荷風のイラスト

お店情報

※営業時間・定休日は変更となる場合あり。来店前に電話等で確認してください。

CAFE ぷろーすと(Prost) 東京都墨田区墨田5-44-10 TEL:070-8585-0429 営業時間: (水曜~土曜)11:30~19:30(LO. 18:30) (日曜)11:30~17:00(LO. 16:00) 定休日:月曜・火曜

参考

筆者プロフィール

上野 慎一(うえの しんいち)
1957年生まれ。横浜市出身。1981年早稲田大学政治経済学部卒業。2015年にサラリーマンリタイア後、暮らしや経済に関するネット記事を執筆。「人生は片道きっぷの旅のようなもの」をモットーに、お城巡りや居酒屋巡りなど全国あちこちの旅を楽しんでいます。

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