【第21回】2024年7月

「取り払って」いたり、「重ね合わせ」していたり。景観や地名がユニークなスポットとは?

前回【第20回】に続いて、すみだの「津軽屋敷」の名残りを手始めにさんぽしたいと思います。とてつもなく広大な津軽藩上屋敷跡地全体。その北西端は「緑町公園」、北東端は「野見宿禰(のみのすくね)神社」でしたね。これらの北側に面しているのが、北斎通り。今回は、こちらから東に向かってスタートします。

「取り払って」いる光景(その1)

まずは、前回で掲載したこの写真を、もう一度ご覧ください。何となく空が広く感じられる理由ですが、(信号と街路灯はあるものの)実は電柱が立っていない(無電柱化)エリアなのです。さんぽを進めると、こうした無電柱化がさらにリアルに感じられるスポットにも出会えますよ!

こちらも実は「津軽屋敷」の名残り

北斎通りを東側にしばらく歩いて「大横川親水公園」を越えると、左側に小規模な神社がありました。

▲北斎通りから見た「津軽稲荷神社」。ビルやマンションに囲まれた、小ぢんまりとした神社です。

▲境内には、個人・法人・団体などの名が記された幟(のぼり)がたくさん奉納され、地元でいろいろな人たちから敬愛されている様子が分かります。

▲ 境内にある由来解説書を見ると、かつての津軽藩下屋敷(敷地面積1万坪=約3.3万㎡)の一角だったことが分かります。前回さんぽした津軽藩上屋敷(敷地面積約2.6万㎡)よりも、さらに広大なエリアだったのですね。

ここで、【第20回】で掲載した「江戸切絵図~本所絵図」のおさらいをしておきましょう。

▲ 図の上が北の方位です。図中の「合印」とは凡例のことで、家紋が示されているのが上屋敷、■が中屋敷、●が下屋敷です。字の向きが上下左右バラバラですが、表門の位置に合わせた向きとなっています。

今いるのは、赤色破線のマルで囲まれ幕末期に津軽藩下屋敷となったキャプションのある箇所の南西端辺りです。

この地図では「土岐豊前守」(●=下屋敷)と表示されていますが、後年(1863年刊行)の地図では「津軽越中守」(●=下屋敷)に変わっています。また2ヶ所ある中屋敷(■津軽越中守)の大きい区画のほうは、同じ後年の地図では逆に土岐家(旗本)の名前になっています。屋敷の交換があった模様です。

すみだの地の一角に「津軽」の名の付いた神社があるのは、こうした理由です。そして、「本所に(は)過ぎたるもの(が)二つあり、津軽屋敷に炭屋塩原」。~前回ご紹介した戯れ歌(ざれうた)でも触れられていた「津軽屋敷」の広大な拡がり具合が、改めて実感できました。

「白いたいやき」でおやつ

こちらの神社の近くでユニークな「たいやき」を売っている。そんな情報を聞いて「尾長屋」にやってきました。

▲「元祖 白いたいやき」のフレーズに心がひかれます。店員さんにお聞きすると、タピオカ粉を入れて白さとモチモチ感を出しているそう。中のあんは4種類あり、どれも1個180円です。

天気もよいので、近くの大横川親水公園のベンチに座っていただくことにしましょう。

▲ 近くのコンビニで買ったカフェラテと一緒に「白いたいやき」をいただきました。実は、2つも!黒あんの外観は、確かに白いですね。カスタードあんのほうはクリーム色をしていて、これもユニーク。評判通りのモチモチ感で、普通のたいやきとはぜんぜん違う食感を楽しめました。

「取り払って」いる光景(その2)

北斎通りに戻って、津軽稲荷神社からさらに東側に進みます。しばらくして左側に曲がると、そこはタワービュー通りです。

▲北斎通りから少し北側に進んだ辺り。東京スカイツリーに向かう道が、タワービュー通りです。

北に進むにつれて東京スカイツリーの姿が大きくなっていきます。あれ、ほかのスポットから見るより何だか〝くっきり・すっきり〟しているように思えませんか。

▲ 北斎通りと同様に、(信号と街路灯はあるものの)電柱が立っていない(無電柱化)エリア。そのおかげで、東京スカイツリーの姿が〝くっきり・すっきり〟見えるのです。まさに「タワービュー」の意味合いが実感できます。

ちなみに、近くの別の通りから東京スカイツリーを同じようなアングルで眺めると、こんな感じです。

▲空に向かっての解放感など、タワービュー通りとの違いが一目瞭然です。

都市防災機能の強化、安全で快適な歩行空間の確保、良好な都市景観の創出。墨田区でもこうした基本方針のもとに、無電柱化の計画が順次進められています。ここタワービュー通りは、(大きな費用もかかっていますが)その効果がリアルに実感できるように思います。

「最初河水の汎濫を防ぐために築いた向島の土手に、桜花の装飾を施す事を忘れなかった江戸人の度量は、都会を電信柱の大森林たらしめた明治人の経営に比して何たる相違であろう」~永井荷風さんの随筆『夏の町』の一節です。

江戸時代の風物を懐古する一方、薩長主体の明治新政府には批判的。荷風さんらしさが感じられる記述です。電柱や電線によって、空に向かっての景観が損なわれている。そんな視点には、先見の明があったのかもしれませんね。

次は「重ね合わせ」している(?)スポット

タワービュー通りの途中から西に向かって少し進むと、「法恩寺」に到着しました。後方に東京スカイツリーの上層部もくっきりと見えますが、電線が視界にかかってくるのが分かります。

▲ 山号は「平河山」ですが、もともと1458年(平安時代)に今の千代田区平河町に小庵が開設された縁起から。その後、当時の江戸城主・太田道灌の助力により寺院として建立され、徳川家康の江戸入府以降、数度の移転を経て元禄年間(1688~1704年)に現在の場所となりました。

境内には、「太田氏七代供養塔」(墨田区登録有形文化財)など太田道灌ゆかりの史跡もあります。そして写真に写る山門の手前、蔵前橋通りとの間が法恩寺の参道になっています。

▲ 蔵前橋通りから見た様子。長い参道の中ほどから先の両側には、法恩寺に属する小院(塔頭・塔中=たっちゅう)が立ち並びます。最盛期にはとても及ばないものの、お寺が集積する〝寺町〟の雰囲気は、すみだの中でもあまり見られない光景でしょう。

法恩寺やその塔頭が所在するのは、「太平(たいへい)1丁目」です。参道の入口の先には、こんな解説板がありました。

▲左から2枚目の板に「当地を太平町と称するのは、太田道灌公の 太 及び 平河山の 平 を合わせたものである」と記されています。周辺4つの町が統合して「太平町」が発足したのは、明治初頭1869年のことです。

エリアの中心の法恩寺。その建立ゆかりの偉人の名と寺の山号を重ね合わせたという、町のネーミング。ちょっとカッコいいかも。ちなみに、ほかの説(世の中が平和に治まり平穏であれ、という祝意)もあるようです。

どちらにしても、何気なく耳にしている地名でも、そこにはさまざまな思いが込められているのだ。そんなことを実感しました。

仕上げは、「日本初」のお店とあの夜景!

近くで少し時間つぶしをしてから、さんぽの仕上げに向かったのは「特撰ひやむぎ きわだち」です。

▲法恩寺の参道の1つ東側の通りに面したビルの1階にあります。ガラス窓から店内の様子がよく見えて、入りやすい雰囲気です。

▲カウンター6席だけの小さなお店で、ご店主1人で切り回しています。

「そうめんとどこが違うの?」「夏季だけの食べ物なのでは・・・」~「ひやむぎ」と聞くとこんな印象を持つ方も少なくないでしょう。そんなひやむぎを打ち立ての生で提供するのがこちら、日本で初めてのひやむぎ専門店です。開店(2021年10月)当初は、日本で唯一。その後、北海道北見市にも生ひやむぎ専門店が誕生していますが、「日本初」の地位は不動です。

▲まずは、ビール「サッポロ・ラガー〈赤星〉」(700円)で今日のさんぽにお疲れ様!

人気店なので、今夜は「3種のひやむぎ堪能ディナーコース」(3,450円)を事前にネット予約しておきました。コース1品目「スジもつ煮」小鉢に続いて、2品目は「おつまみ3種盛り」でした。

▲ 上から時計回りに「フワ(牛の肺)の刺身」、「おつまみきつね」、「ひやむぎの刺身」。フワのごま油風味、揚げの甘み、生ひやむぎとワサビ。それぞれの風味の変化をコンパクトに楽しめました。

コースの3品目は、天ぷら。季節の野菜とスジハラミを順番に揚げたて状態で出してくれます。

▲ ししとう(左)、まいたけ(中)、どじょういんげん(右)。写真撮影のため3品がたまるまで待ちました(笑)が、実際には揚げたてを出してくれるそばから食べるのがおススメです。写真の3品を含めた野菜8品とスジハラミの各天ぷらを味わえました。

▲ 次のお酒は、日本酒「ちえびじん」をショット(650円)でいただきました。蔵元は、大分県国東半島南端部の城下町・杵築にあります。創業(1874年)当時の女将の名「智恵」にちなんだネーミングだそうです。

コースの最後は「3種のひやむぎ食べ比べ」になります。

▲1種目は「限定 創作ひやむぎ」。今夜は、こちら。タマゴ黄身ベースのソースに黒コショウ。まさかと思って食べたらまさに「カルボナーラ」風! バスタとは違った雰囲気ながらコシのある生ひやむぎの歯ごたえが楽しめる、コース限定の逸品でした。

2種目の温かい「かけ」に続いて、こちらでシメとなります。

▲3種目の「せいろ」。のど越しのよさが格別でした。

ご店主の永井さんの実家は、亀戸にあるお蕎麦屋さん。修行に行った神楽坂の蕎麦店でいろいろ扱っていたことが縁で、ひやむぎの奥の深さに魅了され研究して専門店をオープンしたそうです。

とても気さくな方で手がすいていれば、ひやむぎに関していろいろと教えてくれます。また、お客さんみんなに市販のひやむぎ(乾麺)を少量ゆでた状態で出してくれ、当店のひやむぎとの味わいの違いを舌で学べます。生ひやむぎの奥の深さを実感できて、大満足でした。

今日のさんぽ を振り返って

前回に続いて、本所エリアでの「津軽屋敷」の広大な拡がり具合を改めて実感。そして空に向かっては、電柱が立っていない(無電柱化)エリアの解放感を「タワービュー通り」で特に体感できました。

ほろ酔いのよい気分で、東京スカイツリー方面へ歩いてみます。タワービュー通りに出ると、昼間とはまた違った美しい姿が〝くっきり・すっきり〟と見えて感動! 東京スカイツリーはやっぱり、すみだのシンボルなんですねぇ。

では、皆さんまたお会いしましょう・・・。

​永井荷風のイラスト

お店情報

※営業時間・定休日は変更となる場合あり。来店前に電話等で確認してください。

尾長屋 錦糸町店(元祖 白いたいやき) 東京都墨田区錦糸1-8-2 パークフロントビル1F TEL:03-3625-3933 営業時間:10:00~19:00 定休日:なし

特撰ひやむぎ きわだち 東京都墨田区太平1-22-1 ソラナ錦糸町102 TEL:070-8385-6913 営業時間: (月曜・土曜・日曜) 12:00~15:00(L.O. 14:30)、18:30~21:00(L.O. 20:30) (木曜・金曜)12:00~15:00(L.O. 14:30) 定休日:火曜・水曜

参考

筆者プロフィール

上野 慎一(うえの しんいち)
1957年生まれ。横浜市出身。1981年早稲田大学政治経済学部卒業。2015年にサラリーマンリタイア後、暮らしや経済に関するネット記事を執筆。「人生は片道きっぷの旅のようなもの」をモットーに、お城巡りや居酒屋巡りなど全国あちこちの旅を楽しんでいます。

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